2008年08月10日

キャッシュフロー計算書の作成方法を原理から理解するB

前回までで、キャッシュフロー計算書作成の基本メカニズムに関して説明を終えましたが、実務上は左記に加えて補助的なメカニズムがあった方が望ましいと考えています。今回はそのような補助的な仕組みについて、それが必要とされる背景と合わせてご説明します。その上で、この一連のエントリでご説明した手法のメリット、および、テキスト等で一般的に説明されている「キャッシュフロー精算表」を用いる方法との違いにも触れてみたいと思います。


B/S各項目の増減額と、キャッシュフローの額が一致しない場合がある

前回は、B/S各項目の当期増減額の内訳を要因別にブレークダウンし適切なC/F項目にひも付けることによってC/Fを作成する方法をご紹介しました。しかし、この方法ではC/F各項目の額が現実のキャッシュフローの額をうまく表わさない場合があります。
例でご説明しましょう。前回の例では当期中に借入金のうち 500 が返済されていました。これを仕訳で表わすと以下のようになります:

〔借  方〕 〔貸  方〕
借入金 500 現金預金 500

この場合には、借入金勘定の減少額(借方記入額)が、現金預金勘定の減少額(貸方記入額)すなわちキャッシュフロー額と一致します。ですからこれをC/Fの「借入金の返済」にひも付ければことが済みます。
しかし、この借入金が外貨建てであったとすれば、借入時と返済時の為替レートの差により両者が不一致となる可能性があります:

〔借  方〕 〔貸  方〕
借入金 500 現金預金 510
為替差損 10

この二番目の例でも借入金勘定の減少額は 500 ですが、C/F上の「借入金の返済」額はキャッシュフロー額すなわち 510とする必要があります。

上記のような場合にキャッシュフローの額を修正する手段として、「損益組替[*1]を行います。すなわち、B/S増減項目からのひも付けに加えて以下のように為替差損の額を両建てで反映するのです:

〔借方:キャッシュ減〕 〔貸方:キャッシュ増〕
借入金の返済 10 為替差損(C/F) 10

C/F全体にこの組み替えが与えるインパクトを見てみましょう。例は基本的に前回と同じで上記の為替差損の分だけ異なっています(期末B/Sの現金預金と利益剰余金がそれぞれ 10 ずつ小さい):

(1) 二期比較B/S

CF完全ケース―比較BS

(2) B/S増減表からC/Fへの組替、および損益振替

CF完全ケース―CF

C/Fの各項目の金額はB/S増減表の金額と損益組替欄の金額の合計(の符号を反転した額)になります。
完成したC/Fをタテに読むと、当期利益に為替差損の額が加算されています。為替差損 10 は当期利益の計算に含まれていますが、これを「借入金の返済」の行に振り替えるためにここで取消しているのです(費用の取消ですから当期利益に加算することになります)。
前回と比べると当期利益の額が10減っているにも関わらず営業キャッシュフローに影響がない(300のまま)のにお気づきですか? 今回変更したのは借入金の返済額なので営業キャッシュフローは影響を受けないのが正しい姿です。為替差損10を営業キャッシュフローに加算したことによってこれが達成されているわけです。

損益組替が必要な損益項目は為替差に限りません。例えば固定資産の売却時に発生する売却損益や社債の償還に伴う償還差損益なども同様です。すなわち一般化すれば、B/S勘定への取引記入額とキャッシュフローの額が一致しない場合、その差額がP/L上の損益項目として処理されるので、ここで示したような損益組替が必要となるわけです。組替仕訳の作成条件もワンパターンで、以下のようになります:

〔借方:キャッシュ減〕 〔貸方:キャッシュ増〕
本来のC/F項目 損益額(借方+) 損益取消用C/F項目 損益額(借方+)

ただし「本来のC/F項目」とは組替対象の損益項目の金額が本来含まれるべきC/F項目、「損益取消用C/F項目」とはその額を営業キャッシュフローから控除するために使用するC/F項目(通常は組替対象の損益項目と同名称としておけばよい)です。
上の借入金返済の例で各項目の内容を示せば以下の通りです:

  • 本来のC/F項目 … 「借入金の返済」
  • 損益取消用C/F項目 … 「為替差損」
  • 損益額(借方+) … P/Lの「為替差損」の金額

したがって損益組替の処理規則は以下の項目にて定式化することができます:
P/L項目 → 本来のC/F項目(−)・損益取消用C/F項目(+)	(P/L項目に対応して、本来のC/F項目と損益取消用C/F項目がひとつずつ決まる)

注意事項として、損益組替を行うためには対象P/L項目の金額が適切な括りで区分把握されていることが必要です。たとえば為替差損益はさまざまな取引で発生しますが、上記の例の損益振替ではそのうち借入金の返済に係る額だけを対象とすべきです。そのためには、P/L勘定をそうした細かい括りで設けるか、別途、P/L勘定の内訳明細表のようなものを作成する必要があります。

損益組替を「補助的メカニズム」と呼ぶ理由

損益組替は便利な仕組みですが無しで済ませることもできます。たとえば、上記の借入金の増減項目を次のように区分してみましょう:

C/F完全ケース−損益振替なし

上記で増減要因「返済」は、返済時の支払額であり「返済時為替差」は返済された借入金の簿価と支払額の差額です。このようにしておけば、C/F作成に際して「返済」を「借入金の返済」に、「返済時為替差」を「為替差損」にひも付けることによって損益組替という手段を用いずにC/Fを作成することができます。そのため、損益組替を「補助的メカニズム」と呼んだのです。

ただし、上記のようにB/S増減表でキャッシュフローの額と差損益の額を両建てで表示する方法はそれほど一般的ではないので、損益組替という手段も考慮した方が良いと思います。

ここでご紹介したC/F作成メカニズムのメリット

前回と今回あわせて、C/F作成条件を以下の2組の単純な処理規則で記述できることをご理解頂けたでしょうか:

(1) B/S増減からのひも付け規則 B/S項目×増減要因 → C/F項目
(2) 損益組替規則 P/L項目 → 本来のC/F項目(−)・損益取消用C/F項目(+)

複雑な業務手続きをこのような単純な処理規則に還元することには、理解し易いという点を除いても以下のようなメリットがあります:
  1. ポカよけ効果 … 符号誤りやB/S項目の組替漏れといった単純ミスが原理的に排除できるメカニズムとなっています。
  2. 段取り作業と組立作業の峻別による業務スピードアップ … 上記2種の処理規則はすべて事前に用意しておけます。実際の決算業務にあたっては事前に決めた処理規則に従い粛々と作業を進めるだけです。決算は厳しい時間的制約の中で行われるので、決算中の仕事をなるべく少なくし事前に済ませられることをなるべく多くすることが大事です(トヨタ生産方式で言う、『内段取りの外段取り化』のようなものです)。
  3. 必要データの明確化…処理規則が決まるということはすなわち必要データの要件が決まるということです。この方式では、どのB/S項目についてどのような括りで増減データを区分すれば良いかといったことがクリアーに示されます(というより示すことが処理の前提条件となっている)。そのため関係部署にデータの作成を依頼するのも容易ですし、データの作成方法を検討する作業も明確な要件のもとで推進できます。
  4. 検証容易性…C/F作成作業全体が、人間の判断の介在する「処理規則の決定」と、判断の介在しない「規則に従った処理の実行」に明確に分かたれるので、処理結果の検証も容易になります。検証作業が行き詰る大きな要因は常に「今、自分は何を検証しようとしているのか」が曖昧になってしまうことです。ここで紹介した処理規則に従った処理結果を検証する場合、自分は判断誤りを検証しようとしているのか、処理誤りを検証しようとしているのか、迷う可能性は小さいでしょう。
  5. 自動化の容易性…処理規則をシンプルにしたことにより、コンピュータによる自動化にも馴染みます。

キャッシュフロー精算表方式との比較

この方法は、従来、テキスト等で説明されている「キャッシュフロー精算表方式」とはいくぶん異なっています。どのような違いがあるのか整理しておきましょう。「精算表」というのはツールに過ぎないので、作成原理という視点で比較すると、B/Sの対前期比較を出発点とする点は同じですがC/F項目への組替においてはアプローチが異なります。

従来の方法は、個々の取引に関する仕訳に着目してそれをキャッシュフローベースの仕訳に修正するというアプローチを採ります。たとえば上述した外貨建て借入金の場合ですと、まず実際になされた仕訳を以下のように推定します:

(1) なされた仕訳

〔借  方〕 〔貸  方〕
借入金 500 現金預金 510
為替差損 10

これは(あたり前ですが)B/SとP/Lを作成するための仕訳です。しかしB/SやP/Lは忘れてC/Fだけ作成する積りなら、この仕訳は以下のようにすべきでした:

(2) なすべきであった仕訳

〔借  方〕 〔貸  方〕
借入金の返済 510 現金預金 510

C/Fを作成するためには、「なされた仕訳」を「なすべきであった仕訳」に修正する仕訳を反映してやれば良いことになります。これがすなわちキャッシュフロー精算表上の修正仕訳です:

(3) 修正仕訳

〔借  方〕 〔貸  方〕
借入金の返済 510 借入金 500
10 為替差損

このようにして取引ごとに、B/S・P/LベースからC/Fベースに仕訳を修正していくのがキャッシュフロー精算表方式の基本的な考え方です(実際に取引1件ごとに修正すると膨大な数の修正仕訳が必要なので、修正は集約ベースで行うのですが)。
このような説明は分かりやすい面もあります。しかし一方で、修正仕訳作成という業務の中で判断と処理が混然一体となってしまうという面もあります。また、作成すべき仕訳が全体としてどれだけあってそのためにな必要データがどれだけあるのかが事前に明示されるメカニズムになっていない(従ってデータの準備や、修正過程の検証に苦労する)という面でも、実務上は問題をはらんでいることは、ここまで読んで頂いた方にはご説明の必要がないでしょう。

まとめ

C/Fの作成方法を3回にわたって解説してきましたが、いかがでしたしょうか。キャッシュフローについては難しい会計基準もありますが、根本の仕組みは、ご理解頂けたようにとてもシンプルです。前回も言いましたが、業務を分析する中で、個別的で複雑な様々な規則の中からこうしたシンプルな原理を抽出することはとても大事だと僕は思っています。それによって、業務の理解が容易になり、システムの設計がシンプルで変更に耐えるものとなり、何よりも、システムを設計する仕事に喜びを感じることができます。こうした作業は単に業務知識があればできるものではありません。例えば今回ご紹介したような処理規則の抽出にあたってはデータ分析や、関数従属性の理解といったIT的(といってよいかわかりませんが)素養も役立つと思います。業務とIT、2つの知識を深いレベルで結合することにより新機軸が生まれるのではないでしょうか(シュンペーターばりですね)。そしてそうした革新の余地は、別に Web2.0 でなくても、僕らの目の前にある鍋とお釜と燃える火と…じゃなかった、べタな事務処理の中にもあるのだと僕は思います。

追伸:今回、直接法のC/Fの作り方の説明を割愛しました。番外編で次回やります。

[*1] 「損益組替」というのは僕がつけた呼び方で、一般的な呼称ではありません。というより、C/F作成手続きをB/S増減項目からの組替と損益組替の2つに明確に区分するという考え方自体それほど広く行き渡ったものではありません。

posted by keis at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 会計 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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